元教師による支援局[教師&保護者向け]文化祭での出来事

2016.10.02

毎年のように、クラス会をしてくれる教え子たちがいます。
彼らはもう50代。

私が彼らの担任になったのは、中3の1年間だけでした。

教師としてあまり深く関われなかったような気がしますが、不思議なもので、卒業してからの付き合いは一番多いように思います。

彼らとの思い出はたくさんありますが、特に忘れられないのは、文化祭です。
当時の中学校の文化祭は、各クラスでの発表(展示や劇など)がありました。

それぞれに企画、準備して取り組みますが、私のクラスでは、「お化け屋敷」をやりたいという声が上がり、 話し合いの結果で決まりました。

当時の生徒たちは、近隣の高校の文化祭に行き、「お化け屋敷」が楽しかったので自分たちもやってみたいと思ったのでしょう。
制約があるので、高校のように模擬店はできない、「お化け屋敷」なら、いけそうだと考えたのだと思います。
担任としては、少し困りました。

「文化」という名に相応しいのか。学校側が認めるか。
ということで、文化祭実行委員会に提案したところ、議論の末に条件付きで承認されたのです。

特に大きな条件は、”部屋を暗くしないこと。暗幕はダメ。窓に貼るのは新聞紙だけ。”ということでした。

「お化け屋敷なのに暗くしてはいけないなんて・・・。」と憤慨する生徒たちもいましたが、彼らは考えました。

条件を満たして、自分たちの「お化け屋敷」を作ろうとクラス全員で取り組んだのです。

 

教室を「過去」、「現在」、「未来」と3つに区切り、それぞれにテーマを作り、場所や背景、小道具、扮装などを考え、工夫し創作しました。

「この黒いスーツはお父さんのもの、マントは黒いカーテン。帽子は作りました。」

ドラキュラの扮装をした女子が格好良く、手作りの棺桶に入って驚かす姿は、今でも目に焼き付いています。

 ドラキュラ

そして、文化祭当日、生徒たちは自由に各教室を回って鑑賞するのですが、大変な事が起きてしまいました。
私の教室の前に、ほとんど全員といっていいくらいの生徒が押し寄せてきたのです。
廊下で規制テープを張り、人数制限をしなければならない状態でした。
やはり、.中学生にとって「お化け屋敷」は魅力的なものなのです。

混乱しながらも、何とか無事に終わりましたが、状況が状況だけに、担任の私の指導が問われることになり、その後の職員会議で、「お化け屋敷は、許可すべきでなかった。」というような反省が出されました。

私は担任として、「生徒たちが、真剣にやりたいと考えたことをさせてあげたかったし、実行委員会から出された条件を守り、真面目に取り組んだのだから良かったと思っている。」ということを述べました。

今でも、クラス会でその話題が出ることがあります。

「生徒がお化け屋敷にあれほど集まって来るって、うちの中学校のレベルがそういうものだっていうことですよね。」と、醒めた感想を言っていた学級委員の女子もいます。

「あの時は先生、僕達のせいで大変だったんじゃないの。」などと、気遣ってくれる子もいます。

 

当時は、周りからの非難もありましたが、落ち込むことなく、すっきりした気持ちでした。

生徒たちが頑張っている姿に感動したからだと思います。



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