思春期の虎の巻[第一回] 十二歳・冬「私って力無い?尊敬されたくて」

思春期の虎の巻

2018.07.20

あなたは中学校に入る頃や、その前に「尊敬されたい」と強く願ったことはありませんでしたか?
力が欲しかったことは?
思い返してみると、私にとってこの願いを抱いたこと、そこから私の十代が始まったようなのです。

小学校六年生、十二歳の冬でした。
私は学校の演劇クラブに席を置いていました。
当時の横浜市の小学校では、クラブ活動は四年生から始める決まりだったようです。

クラブ自体は楽しかったです。
漫画「ガラスの仮面」が流行っていた頃で、やる気満々の私は「北島マヤ」を自認していました。
それは問題なかったのです。

クラブの六年生は、二人だけでした。
私と藤井さん(仮)です。

藤井さんは大人っぽい外見で、多分、月経もあったでしょう。
その事もあってか、五年生の女の子達は彼女を「藤井先輩」と呼んでいました。
そのことが私の心に引っかかっていました。
なぜかと言うと私のことは「うたこ」としか呼ばなかったからです。

そして十二月。放課後、クラブの仲間でバスケットボールをしていた時です。
何ということでしょう。
私の打ったシュートがリバウンドして、私の顔面を直撃したのです。
次の瞬間、私は皆の笑いの渦の中にいました。
顔は痛く、恥ずかしかったです。

(みっともない)私は泣きたい気持ちでした。

さて、六年二組で、私はいわゆる「いじめっ子」達のいるグループに属していました。
自分に力がない分を取り返したかったのかもしれません。

一月の十六時頃、四階の教室には私達のグループしかいませんでした。
「うちのクラスの女子じゃん」
窓辺でリーダー格の子が言いました。

私はその言葉をきくと外を見下ろしました。
校庭には、クラスの残りの女子全員がビオトープの側に座り込んでいました。
後から聞くと、「いじめっ子グループ」に対する、決起集会のようなものだったそうです。

私のグループは本当に嫌がられていました。
その時の私は気付きもしなかったことですが。私は人を見る目も無ければ、心もひ弱でした。
「あ、うたこだ」外のひとりが四階の私に気付きました。

そしてなんと全員が、「うたこ~」と手を振ってきたのです。

今なら喜びに感激するところですが、当時の愚かな私の頭には
(……馬鹿にされてる)
という言葉しか浮かびませんでした。

その言葉は、巨大な岩の様に私の意識の中に転がり落ちてきて、圧倒してきました。

なぜ、そう思ってしまったのでしょう。

私は何よりも大切な、人からの信頼を得ていたのに。自信が無いゆえに尊敬をされたかった。
怖れられる程の。唯々、力が欲しかったのです。

私は「いじめっ子グループ」の他の子の目も気にしながら、そっとカーテンを引き寄せ、窓から離れました。

それが十二歳の冬です。

情けない話ですが、実は馬鹿にされてると思ったその刹那が、初めて「自分の意識」を自覚した瞬間でした。
そこから思春期が始まって行ったのです。

ここから先、私はつらい経験を沢山していくことになります。
でも、無駄な経験などあると思いますか?

「馬鹿にされてる」と疑うのは、今でも私を悩ます、「心の法則」です。

認知行動療法では「スキーマ―」といいます。もし、昔の自分に声を掛けることができるなら?
「思いたい人がいるならそう思わせとけ!自分の価値は、自分で決めるんだ」です。
でも、色々と経験しなければ納得できなかったでしょう。
「自分の価値は自分で決める」というプライド。今の私はそんなプライドを得ました。
そんな今の私に認知行動療法の考え方は、ピタリと寄り添ってくれます。
ベストな時期に勉強を始められて、私ってラッキーだったと思っています。

次回は、中学生になってからの事を書きたいと思います。

(森詩子

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