思春期の虎の巻[第五回] 十四歳・三 「反発!でもSOS」

思春期の虎の巻

2018.08.30

多くの人が、「青春時代とは暗いもの」と言いますが、あなたはどうでしたか?
もし、その通りなら、頑張ってきた自分を褒めてみるのも、時にはいいものではないでしょうか。

追いつめられた子供は大人への反発を表す事で、SOSを発信しているものです。
かくゆう私もそうでした。

中学二年、、私は部活のメンバーとの軋轢に、鬱状態になりながらも、誰にも相談できませんでした。
自分で問題を抱え込んでしまっていました。
家族も異変には気づいていませんでした。
何故なら、私が必死に隠していたからです。

そんな晩秋。看護師資格を持っていた母が、二十年ぶりに再就職しました。
自宅から三つ先の駅の近くにある、個人病院でした。

始めた直後は、母は輝いていたと記憶しています。
しかし、医学は日進月歩。仕事についていけなかった彼女は、落ち込んでいきました。
後になって聴いたところ、医者に怒られたそうです。

年も明けると、彼女はダウンしてしまいました。
でも、週二回、朝になると這うように出勤して行きました。
母は仕事の日は、高校二年生の姉には夕食係、私には風呂係を言いつけました。

しかし、我が家の中心だった母が寝込むと、家の中は暗い雰囲気が漂う様になりました。
学校から帰って来てもシーンと静かで、どこか穴倉を思わせるような、冷気を帯びていました。

私は倦怠感に支配され、学校から重い足取りでやっと家に帰りつくと、制服のままベッドに潜り込んだものです。
虚ろな目で眺める世界に、なにも興味は持てなくなっていました。
漫画を描くこと以外は。(漫画については次回書きます)そして、自分の部屋に引きこもりました。

同じ頃、これも後から聴きましたが姉が万引きで捕まりました。
彼女も彼女なりにこの家の陰鬱な空気を吸って、人知れず悩み、潰されかかっていたのです。

さて、父はというと姉の高校のPTA会長をしていました。
そのうえ本業の公務員の仕事も忙しく、又、自治体学の本の執筆と勉強会の開催に手いっぱいでした。
ですので、家ではピリピリとして興奮しやすく、私にとって怖い人でした。

しかも、思春期の娘にとって父親とは鬱陶しい存在でしたので、避けていました。
小さかった時にはあんなに優しく大好きなお父さんだったのに。

怒りやすくなった父も間違いなく、この家の淀んだ空気を吸っていた住人だったのでしょう。
間違いなく私たち家族の乗った船は難破しかかっていました。

そんな家族の状況に私は思いを巡らせる余裕もありませんでした。
膨張した私の苦しみはある日、身近な人、気の毒な母へと噴出しました。

一月後半、私は例によって部活の人間関係に心をすり減らして帰宅しました。
そして台所に立つ母親に、

「……お母さん。もう、部活行きたくないよ」とボソリとこぼしました。

しかし母は顔色も変えず「ふん」と言ったきりでした。

私はその母を見た瞬間、怒りが沸き起こりました。
そして、履いていたスリッパを手にすると、母に当たらないように意識しながらも、母の側の壁目掛け、投げつけました。

母はギョッとしてこちらを見、「…あんた!」と言いました。

私はそれよりも早く「馬鹿!お母さんの馬鹿!」と叫んでいました。
涙が頬をつたいました。
そして心底、スリッパが母に当たらなくて良かったと思っていました。
そして、自分の部屋に逃げ込みました。

この日から、私はストレスのはけ口を家族に求め始めました。
先ず、帰宅してもお弁当のから容器を返しませんでした。
平気で三日分くらい溜めました。
母は最初、注意してきました。
しかし、その後は何の反応も示さなくなりました。

父に叱られた直後、自室のドアにガムテープを貼って、閉じこもった事もあります。

そして、深夜に独り虚しく台所に立つと、溜まっていた弁当箱を洗いました。
汚い話ですが、カビが生えていた事もありました。

二月、とうとう母は職場の病院を辞めました。
母の抑うつ状態に気付いた父が、職場に電話し辞めさせたのです。
彼女は辞められてホッとしたと、後に教えてくれました。

精神的な不調の者の出た家庭は家庭自体が問題を抱えている場合があります。

鬱は珍しくない病気です。
一年間に日本人の百万人が通院しています。
日本人の十五人に一人が罹る病気です。
認知行動療法のテキストにはこう書いてあります。
性格や心の弱さではありません。問題を抱え込む真面目な人が罹りやすい病気です』と。
もし、周りに鬱の方がいたら、そう教えてあげて下さい。
それを聞いたらどんなに救われた気分になる事か。

鬱になると「自分はなんて駄目な奴だ」と自己否定している考えが真実に思えます。
認知行動療法は、この自己否定している考えにアプローチして
自分はダメなところもあるけど、良いところもあるのだから、自分で自分を信じて認めていこう
バランスよい考え方にしていきます。
考えをバランスよくして楽な気持ちへと導くきます。

そして乗り越えた時こう気付くと思います。
ピンチは成長のチャンスだったのだと。
人生、無駄な経験など無い筈ではありませんか?

(森詩子

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