「もっと引いて見てごらん」心の病気は心で治す 【17歳の経験】

思春期の虎の巻

2019.02.05

「嫌! 私は狂ってなんかいない!」

母が精神科へ行こうときり出した時、私は思わずこう叫んでいました。
『精神科』というものに偏見があったのです。

 (…もう、自分はおしまいだ)

そう思いました。
烙印が押されてしまうのだと。
随分抵抗した事を憶えています。十七歳の夏の事です。

それでも引きずられる様に、K医大学病院の精神科に連れて行かれました。
脳波に異常はありませんでした。
とにかく無気力で体が重く、疲れやすくて、表情が無くなっていました。
鏡の中の自分の目が虚ろそのものなのに気付いてはいたのです。
病院のトイレで自分の顔を見て観念しました。

診断は『思春期鬱症候群』ということで、抗鬱薬を処方されました。

頭にガムが張り付いているみたいで気分が晴れず、世界の全てが平板に映りました。
精神科への通院の生活が始まったのです。

そして、運命は開けます。高木誠先生(仮)との出会いです。

高校に全く行けなくなっていた私は、母に青少年相談室に連れて行かれたのでした。
高木先生は高校の教員を退職された後、相談員としてそこの施設にいたのです。
そこで私は初めて他人に自分の気持ちを話す機会を得たのでした。

二度目の面談の時、
「僕に子供の頃のことを話してくれませんか? どんな子だったの?」
先生は穏やかな口調で私に尋ねました。

先生の導きのまま、小学校時代の友との関係、幼稚園での自分の態度、幼児期の親とのやり取り、姉との葛藤…。
ぽつぽつと思い出すままに語り、いつしか嗚咽を漏らしている自分がいました。

十七歳まで、人に本当の気持ちを言った事は一切ありませんでした。
家族中、親戚中で一番年少の私の気持ちなど、誰も重要視してくれていなかった事実。
気弱な私は周りの友達の前でも同じように『つまらない者』として振る舞い、心を押し隠して来た事実。

私には価値がない」と思いこんでいた事がクローズアップされて来て、涙が止まりませんでした。

(ああ、私…そうだったんだ。これが私だったんだ)

自分がいとしかったです。
自分を許してあげていいんだ、と思いました。

こんなに人の前で赤裸々に泣く事も無かった私は、いつしか
「ごめんなさい。ごめんなさい」
と先生に涙ながらに謝っていました。

「…いいんですよ。泣いても」
先生はそう言ってティッシュペーパーの箱を差し出してくれました。

それから半年、二週間に一度ずつ、高木先生の相談室にお世話になる事になったのでした。

そこから新しい私を作っていく事になるのです。

貴重な経験と出逢いでした。

年が改まった頃、
「時間はかかっても、高校は出ておいた方がいいですよ」
との高木先生のアドバイスから、私は通信制高校の編入試験を受ける事にしたのでした。

過去を見詰める心理カウンセリングは最良の治療方法です。

特に心身症は間違いなく、心の傷がきっかけで起こるからです。

それに思い当たり、涙と共に自分を解放してあげる事、それがいわゆるカタルシスです。

どんな薬よりもたちまち効き、治癒する方法です。
私は経験上、現在の精神医療に薬物療法よりももっと、心理療法を取り入れた方がいいと考えます。

段々、そうなって来てはいる様ですが…。

 

 

心の病気は心で治すのが基本だと考えます。

患者の心のありよう、成長により、表面にある症状も変わって来る筈だからです。

何よりも壁というのは成長のきっかけなので、薬で紛らわしてしまうのは解決にはならないだけでなく、もったいないのです。

自分自身を知る、これは世界を知る事にも繋がる貴重な体験です。

自分の成り立ちを知ったら、更なる後押しになるので認知行動療法をお勧めします。

『認知』とは人間の精神構造の上部に位置していて、感情や行動に影響を持っているのです。
問題が起きた時、環境を変えようとするよりも、認知を変える方が根本的に解決するのも事実です。

ハートフルライフカウンセラー学院での認知行動療法のテキストでは、いくつかの認知の偏りのパターンが紹介されています。

私は特に『個人化・自己非難』の傾向が強かったように思います。
全てを自分に関連付け、自分のせいにして自分を責めるのです。

今、十代の頃の自分に言えるならこう言ってあげたいです。

もっと引いて見てごらん。
少し近視眼的だよ。
みんなで世界は成り立っているんだから、少しぐらいは人のせいにして楽してもいいんだよと。
真面目過ぎたのです。

それが十分に分かった今は、感情も『無力感』から『安心』へと変わり、前向きに生きています。

現在、認知行動療法は鬱以外の心の病にも効く事が分かって来ています。

薬を勝手にやめてはいけませんが、医者任せにせず自らも治るしなやかさを持つことも大切なのではないでしょうか。

(森詩子

 

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