第1回 心理学が示す「道徳的解離」という心の仕組み
2026.03.10
【連載】人はなぜ自分の行為を正しいと思い込めるのか
― 心理学が示す「道徳的解離」という心の仕組み(第1回)
本記事は、「人はなぜ自分の行為を正しいと思い込めるのか」という問題を心理学の視点から考える全10回連載の第1回です。
社会の中では、ときに理解しがたい出来事が起きます。
明らかに問題があるように見える行為が行われているにもかかわらず、当事者はそれを問題だとは思っていない。むしろ、自分の判断は正しかったと考えている。
そのような場面に直面したとき、多くの人は次のように感じます。
「どうしてそんな判断ができるのだろうか」
「普通ならそんなことはしないはずだ」
「なぜ自分の行為を疑わないのだろうか」
しかし心理学の研究は、人間の行動はそれほど単純ではないことを示しています。
人は必ずしも「自分が誤っている」と感じながら行動しているわけではありません。
むしろ多くの場合、人は自分の行為を正しいと信じながら行動しているのです。
この心理を理解することは、人間の行動を理解するうえで非常に重要です。
社会心理学では、この現象を説明する概念の一つとして
道徳的解離(moral disengagement)
という考え方が知られています。
この連載では、人の心にどのような心理が働くとき、人は自分の行為を正しいと思い込み、倫理的判断が揺らいでしまうのかを心理学の研究をもとに整理していきます。
人は本来、倫理を持っている
まず確認しておきたいことがあります。
人間は本来、倫理を持つ存在です。
多くの人は次のような価値観を持っています。
・人を傷つけてはいけない
・弱い立場の人を守るべきである
・自分の行動には責任がある
このような倫理観は、家庭環境や教育、社会経験の中で少しずつ形成されていきます。
そのため通常であれば、自分の価値観に反する行動をとったとき、人は強い心理的な違和感を覚えます。
誰かに不利益を与えてしまったとき、人は後ろめたさや罪悪感を感じます。
これは人間が社会の中で共に生きるために重要な心理的機能です。
心理学では、このように自分の価値観と行動が矛盾したときに生まれる心理状態を
認知的不協和(cognitive dissonance)
と説明します。
認知的不協和とは、人が自分の信念や価値観と矛盾する行動をとったときに生じる心理的な不快感を指します。
つまり通常の状態では、人は自分の行為を客観的に見直す力を持っているのです。
しかし、人の心にはもう一つの働きがあります。
それは、この矛盾を解消しようとする心理です。
人は自分の行動を説明し直す
認知的不協和が生じたとき、人はその不快感を解消しようとします。
このとき、人がとる方法は大きく二つあります。
① 行動を変える
② 行動の意味づけを変える
しかし現実には、行動を変えることは簡単ではありません。
そのため多くの場合、人は行動の意味づけを変える方向に進みます。
たとえば次のような説明です。
・これは悪いことではない
・必要な判断だった
・現実的な対応だった
・他に方法はなかった
このように自分の行動を説明し直すことで、人は心理的な葛藤を弱めることができます。
心理学では、このような心の働きを自己正当化と呼びます。
自己正当化は、人間の心にとって決して珍しいものではありません。
むしろ、人間の認知は多かれ少なかれこの傾向を持っています。
しかし、この自己正当化が強く働くとき、人は自分の行為を客観的に見ることが難しくなります。
その結果、問題のある行動であっても、自分の中では正当化されてしまうことがあります。
倫理と行動が切り離される心理
社会心理学者アルバート・バンデューラは、このような心理の仕組みを研究し、
道徳的解離(moral disengagement)
という概念を提唱しました。
道徳的解離とは、
本来持っている倫理観と自分の行動を切り離してしまう心理状態
を指します。
倫理が消えてしまうわけではありません。
倫理が働かなくなる状態になるのです。
この状態になると、人の心の中では次のような変化が起きます。
・自分の判断を疑わなくなる
・自分の行為を正しいと感じる
・問題の重大さを小さく見てしまう
・自分の責任を強く感じなくなる
つまり、人は倫理を持ちながらも、その倫理が働かない状態に入ることがあります。
そしてこの状態では、本人は自分が倫理から離れているという自覚を持たないことがあります。
むしろ逆に、自分の行動は合理的な判断だったと確信していることさえあります。
この心理は、人間の行動を理解する上で非常に重要です。
なぜなら、倫理を逸脱する行動の多くは、「自分は正しい」という確信のもとで行われることがあるからです。
言葉が行為の意味を変えてしまう
もう一つ重要なのは、言葉の影響です。
人は自分の行動を説明するとき、どのような言葉を使うかによって、その行為の意味づけを変えることができます。
たとえば同じ行為であっても、
「問題のある行為」
という言葉で説明するのか、
「現実的な判断」
という言葉で説明するのかによって、受ける印象は大きく変わります。
心理学では、このように言葉によって行動を正当化する現象を
言語的正当化(euphemistic labeling)
と説明することがあります。
言葉は、行動の意味を変える力を持っています。
しかしここで重要なのは、言葉が変わっても行為そのものの影響は変わらないということです。
行為が社会に与える結果は、どのような言葉で説明したとしても変わることはありません。
心理学が示していること
心理学が人の行動を分析する目的は、行為を正当化することではありません。
むしろ、人間の心にどのような働きがあるのかを理解することで、同じ問題が繰り返されないようにすることにあります。
人は、自分の行動を正しいと思い込む心理を持っています。
そのため、人の行動を理解するためには、感情だけではなく、人間の心理構造そのものを理解する必要があります。
心理学は、人間の弱さを明らかにする学問でもあります。
人は決して常に合理的でも、常に倫理的でもありません。
しかし、その心の仕組みを理解することによって、私たちは人間の行動をより深く理解することができます。
そして、その理解こそが、倫理が守られる社会を考える出発点になります。
次回予告
第2回では、
人はなぜ自分の過ちを認めにくいのか
― 認知的不協和という心理
をテーマに、人が自分の判断を疑うことが難しい心理の仕組みを解説していきます。
目次
第2回
人はなぜ自分の過ちを認めにくいのか― 認知的不協和という心理
第3回
人はなぜ自分の判断を疑わなくなるのか
第4回
言葉が行為の意味を変えてしまうとき― 言語的正当化の心理
第5回
責任はどこへ消えるのか― 責任の分散という心理
第6回
人はなぜ問題の重大さを小さく見てしまうのか
第7回
組織の中で倫理が揺らぐとき― 組織心理学が示す構造
第8回
小さな逸脱が大きな問題へ変わるとき
第9回
倫理を守る人と守れなくなる人の違い
第10回
なぜ同じ問題が社会で繰り返されるのか― 心理学から見た人間の弱さ
第2回 人はなぜ自分の過ちを認めにくいのか »
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