思春期の虎の巻[第十五回] (最終回) 四十ニ歳 「人生に帰れたとき」

2019.04.09

思春期から大分たって四十二歳の秋、私は二十年好きだった人に振られてしまいました。
その人は、別れの言葉も無しに、別の女性と結婚してしまったのでした。

「川上さん(仮)、結婚されたそうですよ」
人づてに聞きました。

言葉も出ませんでした。
私は誰にも打ち明けないままにしました。

その頃、私は雑貨屋のアルバイト店員だったので、睡眠薬に頼り仕事を続けました。
しかし限界が来たのです。

二か月後、次第に状況が飲み込めてきた私は、涙が止まらなくなりました。
嗚咽も止まりませんでした。
処方された眠剤では眠る事も出来なくなっていました。
人前に出られる筈も無かったのです。

社長にラインを打ちました。
「助けて下さい!」と。
社長から連絡が来て、彼はこう訊いてきました。
「どうしてそうなったの?」
「分かりません」
と私は泣きながら答えました。
分からない筈はありません。
理由は分かっていました。
川上さんが理由に決まっていたのです。

(…どうしてこんな事に。別れの挨拶さえさせてくれなかった)

三か月寝込みました。
精神科のお医者さんによると、極度の躁状態のぶり返しで(十五年落ち着いていたのに)要安静、強い眠剤を用いても休養を取る事、と言われました。

彼は二十年、側にいてくれた人でした。
彼の励ましで怖い精神状態から、小康状態へと落ち着いていたのです。
その彼が去った後、私は再び酷い躁になってしまったのでした。

一緒に住んでいる母は理由も分からず、唯、オロオロするばかりでした。

私は、泣きながらも、体力の低下も心配だったので、気力のある時は近所を散歩する毎日でした。
(私、彼がこんなにも好きだったんだなぁ)

そんな風に振り返り、彼を傷付けていた事実に思い当たり、色んな思い出が通り過ぎて行きました。

三月、春が来てバイトに復帰しました。
横浜のファッションビルの催事でした。
休養前と同じ会社のです。

私は売り場を行ったり来たりしながら、突如、不思議な感動に包まれました。

歩いている総ての人が生き生きと輝いて見えました。
子供の頃感じた周りへの感動に似ていました。
それは、中学で鬱になってしまう前に世間に感じていた、懐かしいような心持でした。
鬱状態では現実が平板に見えますから。
(みんな、それぞれの人生を生きているんだな。美しいな)
そう思いました。

(私、生きているんだな。生きなきゃ。)とも。

もしかしたら、私はこの時、長い思春期の彷徨から人生に帰れたのかもしれません。

もう、『思春期』という年齢ではありませんでしたが、人生に降りかかる難題に年など関係あるでしょうか?

川上さんは私の病の症状を緩和してくれたけれど、最後まで心の成長が進む事を妨げていたのかもしれません。

そう、私は成長しながら生きていたんだと、今、信じています。

そこを通り抜けて、私はやっと大人に成れたのでした。
著名な人類学者、ジョーゼフ・キャンベルの言う様に。

それから少しずつ、心の状態は良くなって行きました。
眠剤は軽くなり、病院から近所のクリニックに移る事も許可されるほど軽症になりました。

『双極性障害』から一時期、『統合失調症』も疑われていた病は、『外因性精神障害』へと落ち着きました。

ここへ至るまでにも詳しくは書きませんでしたが、色んな経験をしていました。
絵画を諦めた私は、映画の専門学校を落ちこぼれで卒業し、その後、放送大学を六年半かけて修めました。
これにより、世間一般のレベルの知識を得ることが出来ました。

そうして、失恋を経て、私は人生に戻って来たのです。

私は現在、小説家を目指していますが、心理学ではユングに一番興味を持っています。
『元型』というものが、キャラクター作りに役立つからです。

前にも書きましたが、ユングは人生を四分割しています。
『少年期』『成年期』『中年期』『老人期』と。
ほぼ、二十年毎に来る、その転換期が精神の危機を迎える時期なのです。
正しく、十代の後半の危機を経て、『中年期前の一番の人生最大の危機』の時に私は失恋からの躁の大洪水を経験したのでした。
ある意味、私は正しく人生を生きて来たのです。

まだまだ、心理学の勉強は追及出来そうですが、認知行動療法も学んで良かったです。
近視眼的になりがちな私は、心を整えるために、バランスの取れた見方を、自分に促す事が出来るようにもなりました。

切羽詰まった考えは、思いこみである事がままあります。
それを、「それって本当?こうゆう事かも知れないよ?」と紙に順序立てて書く事によって、不思議なほどスーッと楽になります。

認知とは人間の精神構造の上部に位置し、感情も行動も支配しているのです。
問題が起きた時、環境を変えるより、認知にアクセスする方が、根本的に解決するものの様です。

今は川上さんには感謝の言葉しかありません。

生きるって美しい

 

(森詩子

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